毎日、ビデオ・フォト日記をつけていたひとは、どうしているだろう?

と、ふと思い出した。

フォト日記だったか、ビデオ日記だったか。

そのひとは、毎日のことをまるで定点観測みたいにつけていったら、記憶はどうなってしまうんだろう?というようなことを言っていた。科学的な関心だと思う。

それは、考えてみると、動画とするなら録画があって再生があるわけだから、客観的な描像を介して、映像化された自分自身周縁から、再生をし、つまり必ず再生から観察することになる。

それは、記憶との折衝になることだとは思う。

記憶とは何か、変容は何かどういうことか?ということ以上に、そこには暗黙の了解といったものがすでにあって、どういうことかというと、記憶についての関心自体の中に、関心以外についてを抹殺しなければならないということが、すでに含まれている。

そのことの重み。

実験や観察とはそういう行為だ。

(今さら・・・、と思うようなことに違いないけど)

実験や観察行為について、あらためて考えた、ということではないけど。

消え去らないことの重みについて、

これは記憶なのかそれとも再生された観察結果なのか、

と考えると、

リアリティを再生しているのかそれとも物証を探しているのか、

つまり、対称ならざるもの、または対称的であるものについてを考えるべきとも思う。

対称とはいえないあれこれが思考を掻き乱すので。

 

 

日記に書こうとしたのか、これはブログだとしたのかわからなくなった2026.6/24

そこからまた始めなきゃならないのは、とても、忸怩たる思い。

Wi-Fiが不安定で、数日、気が気でない。落ち着かない日々が過ぎて行く。考えると、それも、そこからまた始めるのかという、なんともいえない落胆。こういうのは、何て呼ぶんだろう?

それよりも、Wi-Fiがなくなったら、それはつまり私は、スマホ無しでは生きてゆけない人種・・・人種と同じなんだ。

ダンスするロボットを、YouTubeなどで見ると、やけに頼もしい信頼感や嬉しさに見舞われるし。

 

大事な本

『評伝ドストエフスキー』コンスタンチン・モチューリスキーの本は大事な本だった、今も、「まえがき」からして、この世には、高みという世界が、人間にはあるんだということを伝えてくれて、しばし本を置いて呆然としたくなる。

ところで、この本を、中古本で購入したときは、まるで、購入した後、手をつけなかったかのように、ツヤッツヤ、新品のようだった。それで、中古本金額だったので得した気分だった。

それから、5年以上過ぎたんだろう。本の、何というの?ページめくりする上側、ぶ厚いそこの一面に、古本によくある赤みの点々が一面についている。湿気にやられたのか。

あらためて、本を読み始めたと同時に、その紙質の劣化に、保存の杜撰な私に、私は読み進めながらも、黄ばんではいないが赤い無数の点々を恨めしくも、大事な心が蘇りして、

書かずにはおられなかった。

この評伝の冒頭にある、ドストエフスキーの、書かずに済ませない運命とはまるで、世界が違うとしか言いようのない、ような。

 

2026.6/7 年取ったから、と思ったこと

朝スーパーに行って買い物。午前9時過ぎにはすでに、お買い物カートの半分がいつもの場所に数台しか残っていないほど、盛況な、お買い得な日曜日。それで、レジの前にお客さんの列。10台あるセルフレジの並びにもお客さんが並ぶ列。それで、通路を塞いではいけないので、ほどほどの間隔を空けて順番が来るのを待っていたら「先にいいですか?」と尋ねながらも有無をいわせず、片手に菓子パンを持ってスッと入ってくるスーツ姿の男性客。

そこで、私は、客と客の間隔を空けているのも、こういう混雑時には気を苛立たせてしまうんだなと気がついて、その男性の後ろを今度は、自分のカートを、その背にピタッとくっつけるようにして、待つことにした。

意地が悪く見えるだろうか?もう5センチほど離れれば、まるで気にしてないみたいだっただろうな、と。

特に、セルフレジ10台もあるし、10人くらいがいっぺんに割り込んで来たわけではないし。もちろん割り込みでもないし。そんな違いはないことくらい、様子を見ていればわかる。実際、その客がレジ機械に向かって、帰ろうとする頃には、私もカゴから商品を取り出して自分でピッピっと機械に打ち込んでいたのだし。だけど、あの、後ろに、いかにもな感じで、ピタッと張り付くように並んでいたのは、私は性格が悪いだろうか?と、反省ではなしに、良い悪いの性格の問題か?昔、20代や30代で、そんな、あまりにも地味でささやかな、あれはだけど明快に仕返し意図を持ってはいたなと思われる、そんなことしただろうか?とも、思った。

昔は、他人にいちいち楯突いてやりたくなる余裕は私にはなかった。というよりも、今は、そんなみみっちいことをするくらいしかできない。どっちなんだろう?

いやいや、今日は、全くお互い顔を見合わすこともしないで、ただそれだけのことだった。むしろ、昔の方が、逆を言えば、嫌がらせといえば、こちらが買い物をしても、ありがとうございますを言わない店員だとか、あからさまに、見下し嫌そうな態度、「・・・タクシー運転手って、そうなんですねぇ」と入社したての頃、先輩同僚にそういった世間の印象を打ち明けたら、何も言ってくれなかった、そんなこともあった。だから、昔の方が、こちらの琴線にビリッと触れて来る出来事というのは、実際毎日だったはずだ。

今も、別なところでそうか。

そうなんだな。

ということで、「年取ったからなんだな」

とは思った。

だけどな・・・と、そうすると何が不愉快だったのだろう?

と、私は「それ」がどこの何なのかに気がついた。

私は、これを後で読み返して、「こういうことだな」と、わかるだろうか?わかって欲しいのだった。

 

 

1月31日 1月はいろいろなことがあった

過去作品

この絵はベニア3枚を貼り合わせてもらって、札幌のコンカリーニョ・夏のイベントでの壁を飾る、そしてイベントを間借りしての個展でもあった。その時の作品。

明屋さんが、青ペンキがとても鮮やかに見えるライトを当ててくれて、考えようによっては照明屋さんとのコラボでもあった。

ありがとう照明屋さん。

 

2023年、1月はいろいろなことがあった。これからもいろいろなことがある。

果敢に生きていかなくちゃならない。私は、自分では屁理屈では決してないほうの理屈を考えている時には、嘘偽りがなく、自分本来の筋道で、自分自身に向かって、「それは的確だ」と思えるように、考えているつもりをしている。

でも、自分では分からないところで、非常に皮肉屋になっているかもしれない。そうだとして、それがどこが?っていうのが、自分では分からないけれど。

いわゆる、「笑いのツボが違う」というのと同じ事になっているのかもしれない。

自分では分からないんだけど。

それはそうとして、

いろんなことがある。

 

5年以上ものあいだ止めていたタバコを復活させてしまった。

タバコって快楽だなと、思いながらコンビニに行くと、もうどこの店も灰皿撤去してしまっている。本数は、少なくなったけど、部屋でスパスパ吸っている。

部屋は狭いし、この調子だと今に友達にもバレる。

甥っ子と、タバコのそんな話をしていて、ストレス発散であるにしても、タバコが、自分でニンジンを目の前にぶら下げて自分を奮起させているような事態が本末転倒になっているようなものだとして、それって要は、たとえ、勝利の暁に燦然と輝く栄光がタバコであったとしても、ニンジンみたいなものだったなら、依存と同じじゃないか。と、それを「依存」だと私が言うと、「依存」という言葉には、どうやらマイナスのイメージしかないようで、「依存」という言葉に反発を感じているようだった。

こちらサイトの、「日記」の中でも、「依存」という言葉を、迷いながら使った日記があって、やはり「依存」という言葉は、一般的に的確とはいえないようだから、変えたほうがいいかな・・・・・・・・・・・。と、迷う。

 

谷川俊太郎の詩を、ツイッターで紹介していたツイートのなかで、「絶望の色は白」という、結語のように、しめくくる詩を先月か今月、読んだ。

谷川俊太郎は、まるで臓器の中心を狙うような、言葉で、例えようがないが。

最近になって、以前にも増して好きだと思えるようになった。

そこで、だから何を言ってもいいというわけにはならないけれど、ふと、谷川俊太郎は、自分自身をコケさせたかったんじゃないだろうか?と思った。

思いっきり、間違いや茨の道みたいなざっくり自分に返ってくる間違いをしたかったんじゃないだろうか?生きている間に。

などと、ふと、最近、その詩が頭に浮かんでそう思った。

 

何を思ってもいいというわけではないだろうけど、余白に、鼻くそくっつけちゃったみたいなことを考える。

私は、自分では分からない性格のわるさがあるんだろうか?・・・・・わからないけど。

子供って、ほんと、鼻ほじるよなあ・・・・・・と、思って、甥っ子姪っ子の子供を見ている。

今日の午前中、義理姉が教えてくれた、孫に送ったという絵本のなかの話と、その時、母が話してくれた三歳頃の思い出話を、こんな夜中に思い起こすと遠くなる。あんなに遠いのになぜ見える?という。

 

 

2023 1月1日 今日が元旦だなんてなんだか信じられない

過去作品 / B1サイズ・イラストボード

この絵は、描いた工程をよく覚えていて、スイスイ、スーイと半日がとてもスムーズに運んだ。油性クレヨンで、輪郭から描いて行って、アクリル絵の具と墨で色塗り、おおまかに仕上げた後に微調整をして、それで出来上がった時に「できた」と思えた。「できた」で終えられるとは自分としては、珍しいことだった。それから知人が言ったひとこと、「この絵、飛びだしてきてるもん」と褒められた時の、その言ってることが印象に強かった。

 

私の母は、「私は認知症じゃないの、ボケてないの」と言うけれど、部分的にはっきりと症状が出ているのが見えて来ているので、近いうちに病院に一緒に行こうと思う。

「休んでばかりいたら、ボケちゃうから。十分休んだから、大丈夫」と言う。咳を、時々コンコンしている。父は、記憶力は明晰で、性格は変化がなさそうに見える。タバコを吸うので、時々、咳込んでからグエエエエエ、グエ!グエ!ガー!と、凄まじく痰を吐き、時々ぐったりしている。二人とも、薬の種類は三つ以上を飲んでいる。

昭和の、昔の母みたいな人は、みんな真に働き者なんだろうか。道徳心と労働意欲が嘘偽りなく結びついて、身についているので、「休んで羽を伸ばしたい」みたいなことは、考えにないように思える。「蔵を建てたらだめだって言うでしょ」「へー。なんで?」「ナマクラって」と、絶妙な間を置いて、昔話のように話す。曽祖父母から聞き覚えたこと習い覚えたことを、宝物のように大事にしようとしているように見える。

私は、生と死を越えて、いよいよ死ぬと、「生と死」ではない別な世界があると信じようとしている。「向こう」と指させる方向があると、信じようとしている。

でも、決定的なのは、死は別れでしかないので、自分がどういう死に方をするのかということよりも、いざ自分ではなくて身近な人が死ぬことを考えたりしたら、自分の哲学ノートと称しているつもりのブログのエッセイ、哲学、思想、ぼやきなど、すなわち迷妄どころではなくなる。

コンビニで今朝、買い物をした時、ポイントカードと現金で払うつもりがレジ前に来てから、現金が足りない事に気がついて支払い方法でもたもたしてしまった。レジ打ち直しをしなくちゃならなくなって、店員さんに迷惑をかけた。店員二人が、迷惑そうな顔をしていたので、私は迷惑をかけたんだということになった。

癖で「すいません」を何回も言ってしまって、自分で自分が不愉快になってしまった。

こうして、日本人は、テコでも動かないほど「すいません」とは口に出さなくなるんだ。

あけましておめでとう。

今年もよろしくね。

 

 

12月27日 山菜蕎麦をつくる。プレ・年越し蕎麦を披露する

妹が、みかんを2箱持って実家にやってきた。

実家では、義理姉と、出産前後のために帰省している義理姉の娘と、娘の子が2人、集まっていた。私もいた。昨日昼には、夜からの雪予報が入っていたので、暖気でザクザクになったうえに、もしも大量に降りでもしたら車が出せなくなる可能性があると考えて、実家通路の雪はねを、2時間くらいかけてひとりでしていた。

それが、なぜと思われるほど、偶然通りかかった近所の友人Nちゃんにも、近所付き合いのひとにも、サンダルで外に出てきた父や、買い物に出かける義理姉にも、望外のほど喜ばれた。

水分を含んで、ここ1日〜2日の雪はあまりに重過ぎると見たのか、わりと近所でも溶けるにまかせるのみで、そのままのところが多く残されてはいた。

 

父母と私、特に父と私の関係は、数日来のことで、あれからどうなったのかというと、とにかく、呼ばれたんだ。

なんで呼ばれたんだっけ?・・・・・あ!

母が買い物に行きたいから、車に乗せて行ってほしいと前日に電話で言ってきたので、それで翌日の25日、実家に行ったんだ。マスクをして家の中に入るとメガネが曇って、目の前を白くさせて薄ぼけたままにしていると、なぜかしゃべらなくてもじっとしていられた。

「お前、そこでつったってないで座りなさい」と父に言われるまで、父母が座るテーブルの前で、メガネの曇りに気を取られていたんだ。

 

一週間ほど前に、蕎麦つゆのかえしを作ってあったので、今日は混合出汁を作って、「試しに作るから、これでうまく行ったら、大晦日に正式な年越し蕎麦作るから、今日の夜ごはんに、蕎麦食べてみてよ」と、約束して、トッピングの具も用意した。鶏肉も、下ごしらえを終えてあったので、温かい蕎麦を何度か試した中では、今日こそ、ほぼ完璧なスタイルで、実家の台所で、さっと蕎麦を茹でて、スマートに提供できる・・・と、真剣に流れを考えてやってみた。

ラーメンの時もそうだったけど、先にネギを刻んでおくべきだった、だとか、用意するトッピングの手順が抜けていたり、何かひとつのミスがあると、それをどこでカバーしようかとか、忙しなく考えながら台所で立ち回る事になる。

それにしても、かなり準備万端だった。「うっしっし!」と言いたいほど、良い出来だったと思う。

混合出汁を多めに作ったので、余った分を、ガラスポットに入れておこうとして、ガラスポットを落として割ってしまったけれど。

私は、ここでコケちゃいけないと強く思ったので、紙モップでガラス破片を集めて、掃除機ガーッとかけるなど、我ながら完璧な片付けだった。

麺類は総じて、調味料を多めに使う事になるし、それはラーメンのことだけど、下ごしらえの時にも、さとう・塩を大量に使うし、それでもコクがなくなるのは避けたいし。反省点としては、醤油が多かったんだ。反省した。もっと薄くても良かったんだ。

レシピの通りに、分量は厳密ではないにしても、計ったけれど。あれで、かえしの醤油が多かったんだ。

ああ、反省した。でも喜ばれて、私は嬉しかった。

混合出汁は、昆布ドッと、いりこパラパラ、かつおぶしは大胆にドーーー!と入れると。けっこう、ドーッでいいんだなということがわかった、蕎麦の場合は。出汁とかえしのバランスで最終調整しているようなものなんだ。と、すると、かえしの醤油は、やはりあのままでよかったのか。

出汁の何かを、もっとドーーーッ、とすればよかったのかもしれない。

 

 

 

クリスマス・シリーズ